「原価率は30%以内に抑えなさい」
飲食店を始めるとき、たいていの人がどこかで一度は聞く言葉だ。
開業の教科書にも書いてある。セミナーでも言われる。先輩経営者からも「30%超えたらまずいよ」とアドバイスされる。
でも、実際に毎月の仕入れ伝票を見てほしい。本当に30%で収まっているか?
飲食店ドットコムが2025年に行った調査(対象361店)では、62.1%の飲食店が「原価率が目標を上回っている」と回答している。つまり、6割以上の店が「自分で決めたラインすら守れていない」状態。
原因の96.0%は「食材価格の上昇」。2025年だけで4,225品目が値上げされ、そこに円安の影響が重なった。
「原価率30%」はどこから来たのか
この数字には根拠がある。飲食店の経費構造をざっくり分けると、こうなる。
| 費目 | 目安比率 |
|---|---|
| 食材費(F) | 30% |
| 人件費(L) | 25% |
| 家賃(R) | 10% |
| 水道光熱費 | 5% |
| その他経費 | 10〜15% |
| 営業利益 | 10〜15% |
食材費30%+人件費25%=FL比率55%。ここに家賃10%を加えたFLR比率が65〜70%。残りが利益と雑費──というモデルだ。
このモデル自体は間違っていない。ただ問題は、「30%」という数字が一人歩きして、すべての業態に当てはめられてしまっていること。
居酒屋と寿司屋では、原価率の「普通」がまったく違う。
業態別の原価率──実際の目安一覧
以下は、業界データと各種調査をもとにまとめた業態別の原価率目安。
| 業態 | 原価率の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| バー | 15〜25% | アルコールの粗利が大きい。原価率は低いが客数勝負 |
| カフェ | 25〜35% | コーヒー1杯の原価は20〜50円。ドリンク比率が高いほど有利 |
| パン屋 | 25〜30% | 小麦粉ベースで原材料費は低い。人件費と廃棄ロスが課題 |
| ラーメン | 28〜35% | 個人店で30%前後、チェーンで25%前後。スープの原価が鍵 |
| うどん, そば | 28〜35% | 麺の原価は安い。トッピングで差がつく |
| 居酒屋 | 28〜35% | 食材単体では30〜35%だが、酒で全体を引き下げる |
| イタリアン | 30〜38% | パスタ・ピザのベースは安い。食材グレードで大きく振れる |
| 中華 | 30〜35% | 油・調味料のコストが一定。食材共通化がしやすい |
| 定食屋 | 30〜38% | 品数が多くロスが出やすい。日替わりの設計次第 |
| フレンチ | 35〜45% | 高級食材使用。ランチ30%前後、ディナーは40%超えも |
| 和食 | 35〜45% | 旬の食材、出汁。コース料理は40%に近づくことも |
| 焼肉 | 30〜45% | 肉のグレードで大きく変動。和牛中心なら40%超え |
| 寿司 | 40〜50% | 鮮魚の仕入れが高い。ただし客単価も高い |
| 回転寿司 | 45〜50% | 薄利多売モデル。1皿あたりの利益は極めて小さい |
同じ「飲食店」でも、バーの15%と寿司の50%では3倍以上の差がある。「30%」は平均値であって、自分の業態の目安ではないということが、この表を見るとわかる。
原価率が高い ≠ 儲からない
ここで多くの人が陥る罠がある。「原価率が高い=利益が少ない」という思い込み。
実際は逆のこともある。大事なのは原価率ではなく、粗利額。
| メニュー | 売値 | 原価 | 原価率 | 粗利額 |
|---|---|---|---|---|
| コーヒー | 450円 | 30円 | 6.7% | 420円 |
| ラーメン | 900円 | 280円 | 31.1% | 620円 |
| 刺身盛り合わせ | 1,800円 | 810円 | 45.0% | 990円 |
| 和牛ステーキ | 3,500円 | 1,575円 | 45.0% | 1,925円 |
コーヒーは原価率6.7%で「優秀」に見えるが、1杯売っても粗利は420円。和牛ステーキは原価率45%で「高い」けど、1皿で1,925円の粗利が残る。
粗利990円の刺身盛りを10皿売れば、粗利は9,900円。粗利420円のコーヒーで同じ額を稼ぐには24杯必要。
原価率だけを見て「この商品は原価が高いからメニューから外そう」と判断すると、実は一番利益を稼いでいたメニューを消してしまう──ということが起きる。
メニュー全体の「ミックス」で考える
賢い飲食店経営者は、メニュー1品ずつの原価率ではなく、メニュー全体の組み合わせ(メニューミックス)で全体原価率をコントロールしている。
典型的な居酒屋のメニューミックス例
| カテゴリ | 原価率 | 売上構成比 | 加重原価率 |
|---|---|---|---|
| ドリンク | 20% | 35% | 7.0% |
| 揚げ物 | 25% | 15% | 3.8% |
| サラダ, 前菜 | 28% | 10% | 2.8% |
| 焼き物 | 32% | 20% | 6.4% |
| 刺身(集客メニュー) | 42% | 15% | 6.3% |
| ご飯, 麺 | 30% | 5% | 1.5% |
| 全体 | 100% | 27.8% |
刺身の原価率が42%でも、売上の15%しか占めていなければ全体への影響は6.3%分だけ。ドリンクの20%が35%を占めることで、全体を引き下げている。
これが「メニューミックス」の考え方。看板メニューは原価率が高くていい。その分、ドリンクやサイドで回収する。
2025年以降、何が変わったか
食材費の高騰は一過性のものではない。いくつかの構造的な要因がある。
- 2025年の値上げ品目数:年間11,707品目(帝国データバンク調べ)
- **飲食店の94.6%**が仕入れ価格の上昇を実感(Growth Compass調べ、2025年基準)
- 円安の継続による輸入食材コスト増
- 物流コストの上昇(2024年問題の影響継続)
こうした状況で「原価率30%を守れ」というのは、もはや精神論に近い。
現実的にどう対応するか
いくつかの選択肢がある。
① 値上げする
怖いと感じるかもしれないが、消費者の意識は変わっている。調査では約70%の消費者が「飲食店の値上げは仕方ない」と回答している。
ただし伝え方が大事。「原材料費高騰のため」だけではなく、「契約農家の野菜を使い続けるために」のように、品質の維持・向上として伝えると受け入れられやすい。
② メニュー数を絞る
メニューが多い = 仕入れ食材の種類が多い = ロスが増える。
飲食店ドットコムの調査では、食材の共通化を実践している店は34.6%しかない。逆に言えば、ここに手を入れるだけで改善の余地がある店が大半。
30品を20品に絞って、1つの食材を3品以上で使い回せるようにする──これだけで食材ロスが目に見えて減る。
③ 仕入先を見直す
同じ食材でも、業者によって5〜20%の価格差があることは珍しくない。年に1回は相見積もりを取って、メイン食材だけでも比較検討する。月の仕入れが100万円の店なら、5%の差額でも年間60万円の違いになる。
④ ABC分析で利益構造を可視化する
全メニューを売上高で並べて、上位70%をA群、次の20%をB群、下位10%をC群に分類する。C群のメニューは、原価率が高く出数も少ないなら一時的に休止を検討する。
大切なのは「原価率を下げる」ことそのものではなく、「粗利額を確保する」こと。 原価率が35%でも、客単価と客数が十分あれば利益は出る。逆に、原価率25%でも客が来なければ赤字になる。
自分の店の原価率、正確に把握できていますか?
ここまで読んで、「うちの原価率、正確な数字はわからない」と感じた人もいるのではないか。
実は、多くの個人飲食店がそう。仕入れ伝票の合計は出せても、メニューごとの原価を把握している店は意外と少ない。
メニューごとの原価がわかると、こういうことができる。
- どのメニューが利益に貢献しているかが見える
- 値上げすべきメニューと、据え置くべきメニューの判断ができる
- 食材が高騰したとき、影響を受けるメニューが一瞬でわかる
- メニューミックスの設計を数字で議論できる
KitchenCostを使えば、食材の価格と分量を入力するだけでメニューごとの原価率が自動計算される。業態別の目安と比べて自分の店がどの位置にいるのか、まずは可視化してみるのが第一歩になる。
今週やること──チェックリスト
- 先月の仕入れ合計額 ÷ 売上で、ざっくりの原価率を出す(これだけでもやる価値がある)
- 自分の業態の目安と比較する(上の一覧表を参考に)
- 上位5メニューの原価を計算する(売上全体の50〜60%はこの5品で占めているはず)
- ドリンクの売上構成比を確認する(30%以下なら、おすすめの仕方を工夫するだけで改善する可能性がある)
- 仕入先に「他社と比較しています」と一度伝えてみる(それだけで条件が良くなることもある)
原価率は「30%を守る」ことがゴールではない。自分の業態に合った目安を知り、メニュー全体で利益を最大化する──これが原価管理の本質。