時給66円の衝撃
2025年10月、最低賃金が 1,121円 になった。
前年の1,055円から 66円の引き上げ。率にして6.3%。過去最大の上げ幅だ。
「たった66円でしょ?」と思うかもしれない。
計算してみてほしい。
アルバイト4人 × 1日6時間 × 月25日
66円 × 4人 × 6時間 × 25日 = 39,600円/月
年間:約47.5万円
アルバイト4人で年間約50万円のコスト増。これは、月商250万円の店にとって売上の 約1.6% に相当する。
そして、これは終わりではない。
1,500円がやってくる
政府は、最低賃金を 2020年代後半に1,500円 に引き上げると明言している。
最近の推移を見ると、そのスピードは加速している。
| 年 | 全国平均 | 前年比 |
|---|---|---|
| 2022 | 961円 | +31円 |
| 2023 | 1,004円 | +43円 |
| 2024 | 1,055円 | +51円 |
| 2025 | 1,121円 | +66円 |
| 政府目標 | 1,500円 | — |
このペースが続けば、あと数年で1,500円に届く。
現在1,121円→1,500円は 33.8%の上昇。同じ4人体制なら、人件費は年間100万円以上増える計算だ。
飲食業界の悲鳴
日本商工会議所が2025年に実施した調査の結果は、厳しい数字だった。
- 宿泊・飲食サービス業の 90.0% が最低賃金引き上げを「負担」または「やや負担」と回答
- 32.7% が1,500円達成は「不可能」と回答
- 最低賃金が毎年7.3%ずつ上がり続けた場合、15.9% の中小企業が「廃業・休業を検討する」と回答
- 地方の小規模事業者に限ると、この数字は 20.1% に上がる
2024年1〜7月の「人件費関連倒産」は 60件。前年同期の29件から倍増し、すでに通年の過去最高を超えている。
値上げは本当に「正解」か?
コストが上がったら値上げする——理屈はそうだ。実際、飲食店ドットコムの調査では 68.4% の店がメニュー価格を変更している。
でも、個人経営の小さな店にとって、値上げは簡単な選択肢ではない。
- 常連客が離れるリスク
- 近隣の競合店が据え置いている場合の客足への影響
- 「値上げした」というネガティブな口コミ
特に地方の個人店では、客単価をそう簡単には上げられない。
だから、値上げの前に(あるいは値上げと同時に)やるべきこと がある。
値上げせずにできる7つのこと
1. 仕込みの「まとめ作業」を見直す
同じ食材を使うメニューの仕込みをまとめる。例えば、玉ねぎのスライスを朝一度に全メニュー分やる。カットした野菜を複数メニューで共有する。
帝国データバンクの調査で、34.6% の飲食店が「食材の共通化・標準化」を実施しているのは、この効果が実証されているからだ。
仕込み時間が30分短縮されれば、その分の人件費が浮く。
2. ピークタイムにシフトを集中させる
11時〜14時のランチ、18時〜21時のディナー。お客さんが集中する時間帯にスタッフを厚くし、それ以外の時間は最少人数で回す。
当たり前に聞こえるが、意外と「なんとなくシフトが均等」になっている店は多い。30分単位でシフトを最適化するだけで、月の人件費が数万円変わることがある。
3. メニュー数を絞る
メニューが多い=仕込みの種類が多い=作業時間が長い=人件費がかかる。
売上の80%は、メニューの20%で稼いでいる。いわゆる「80:20の法則」だ。
売れていないメニューを思い切って削る。仕込みが減り、発注が減り、廃棄ロスが減る。結果として、食材費と人件費の両方が下がる。
4. セルフサービスを一部導入する
水やお冷はセルフサービスにする。食器の下げ膳をお客さんにお願いする。食券機を導入する。
フルサービスからセルフに切り替えることで、ホールスタッフを1人減らせる可能性がある。時給1,121円×6時間×25日=月16.8万円 の削減だ。
5. 食材の歩留まりを把握する
歩留まり率 とは、買った食材のうち実際に使える割合のこと。
例えば、1kgの魚を買って、可食部が600gなら歩留まり率は60%。つまり、使える部分の実質単価は購入単価の 1.67倍 になる。
これを計算に入れていない店は、原価率が「思ったより高い」状態になっている。歩留まりを把握して、無駄を減らすだけで原価率が2-3%改善することがある。
6. 廃棄ロスを記録する
捨てた食材を毎日記録するだけでいい。
「何をどれだけ捨てたか」を可視化すると、仕込み量の最適化につながる。「月曜は客が少ないから仕込みを減らそう」「雨の日はサラダが余るから発注を減らそう」——こういう判断ができるようになる。
7. 原価率の高いメニューにセットを組む
人気だけど原価率の高いメニュー。値上げしにくいなら、利益率の高いサイドメニューやドリンクとセットにする。
例えば、原価率40%の看板メニュー+原価率15%のドリンク=セット価格で提供。全体の原価率を下げつつ、客単価も上がる。
「守りのための数字」を持つ
日本商工会議所の調査では、最低賃金上昇への対策として最も多かったのは「人件費以外のコスト削減」で 39.6%。次いで「残業やシフト時間の削減」が31.3%。
つまり、多くの店が すでに何かしらの対策を始めている。
でも、効果的な対策を打つには、まず 自分の店の数字を知る 必要がある。
- FL比率は何%か
- メニューごとの原価率はいくらか
- 1日の人件費は売上の何%か
- 廃棄ロスは月にいくらか
これらの数字を持っていなければ、「何をどう改善すればいいか」が分からない。感覚でコストを削ると、料理の質が下がったり、スタッフが辞めたりして逆効果になる。
IT導入補助金の活用
コスト管理のためにITツールを導入する場合、IT導入補助金(2026年からは「デジタル化・AI導入補助金」に名称変更) が使える可能性がある。
- 補助金額:最大 450万円
- 補助率:1/2〜4/5
- 対象:会計ソフト、原価管理ツール、POSシステム、経費管理システムなど
- 個人事業主も申請可能
2025年度からは、導入後のサポート(研修など)も補助対象に追加された。「ツールを入れたけど使いこなせない」という問題にも対応している。
まとめ
最低賃金1,121円は、通過点でしかない。1,500円の時代は、確実にやってくる。
値上げだけで対応しようとすると、いつか限界が来る。大切なのは、自分の店のコスト構造を数字で把握して、「値上げに頼らない利益の守り方」 を持っておくことだ。
まずは、先月のFL比率を計算するところから始めてみてほしい。
60%以下なら、もう少し余裕がある。65%を超えていたら、今日から動いたほうがいい。
この記事で引用したデータの出典:日本商工会議所「最低賃金引き上げの影響に関する調査(2025年)」、帝国データバンク「飲食店の倒産動向調査」「食品値上げ調査」、東京商工リサーチ「人件費関連倒産調査」、中小企業庁「IT導入補助金」