「テラス席を出してみたい」の落とし穴
春先になると、カフェや小さなレストランのオーナーが考え始める。
「うちの前のスペース、テーブル出せないかな」
気持ちはわかる。テラス席があるだけで通りがかりの人が足を止める。SNSの写真映えもいい。客席が増えれば売上も上がるはず──。
でも、実際にテラス席を出した個人店のオーナーに聞くと、こう言う人が多い。
「思ったよりお金がかかった。思ったより手続きが面倒だった。思ったより使えない日が多い。」
テラス席は「テーブルと椅子を並べるだけ」ではない。許可、届出、設備投資、維持費──知らないまま始めると、赤字の席を増やしただけになる。
まず整理──テラス席に必要な「2つの許可」
① 屋外客席設置届(保健所)──全員必須
テラス席を出すなら、自分の敷地内であっても保健所への届出が必要。
やること:
- 工事前に保健所へ事前相談(設計図を持参)
- 承認を得たら 「屋外客席設置届」を提出
- 設置後、保健所の確認を受ける
ここが大事──工事してから届出ではない。先に相談しないと「やり直し」を求められることがある。
② 道路占用許可(道路管理者)──公道を使う場合のみ
自分の敷地内だけにテラスを設置するなら不要。歩道や道路にはみ出す場合に必要になる。
| 設置場所 | 屋外客席設置届 | 道路占用許可 |
|---|---|---|
| 自分の敷地内 | ✅ 必要 | 不要 |
| 歩道・道路上 | ✅ 必要 | ✅ 必要 |
道路占用許可の申請先は、国道なら国道事務所、都道府県道なら都道府県、市道なら市区町村の道路管理課。
テラス席の設置条件(保健所の基準)
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 席数制限 | テラス席 ≦ 屋内席(雨天時に全員が屋内に移れること) |
| 隣接条件 | 屋内の客席と隣り合った場所に設置すること |
| 境界区画 | パーテーションや植栽でテラスと外部を明確に区切ること |
| 調理設備 | テラスに調理設備を置かないこと |
| 衛生管理 | こまめな清掃、虫よけ対策、未使用時の片付け |
屋内席が20席なら、テラスは最大20席まで。屋内席10席の小さなカフェなら、テラスも10席以下ということだ。
テラス席にいくらかかるのか──設備費用の相場
最低限の4席セット
| 項目 | 数量 | 単価 | 小計 |
|---|---|---|---|
| 屋外用テーブル(2人掛け) | 2台 | 1〜3万円 | 2〜6万円 |
| 屋外用椅子 | 4脚 | 0.5〜1.5万円 | 2〜6万円 |
| パラソル(大型) | 1本 | 4〜7万円 | 4〜7万円 |
| パラソルベース(スタンド) | 1台 | 0.5〜1.5万円 | 0.5〜1.5万円 |
| 合計 | 8.5〜20.5万円 |
「とりあえず4席出してみる」なら 10〜20万円 が目安。
しっかりやるなら追加で必要なもの
| 項目 | 費用目安 |
|---|---|
| 屋根付きテラス(フレーム+天幕) | 20〜35万円 |
| 後付け屋根(オーニング) | 10〜20万円 |
| 床材(人工木材デッキ) | 5〜15万円/㎡あたり1〜3万円 |
| 植栽・プランター(境界用) | 3〜10万円 |
| 照明(夜間営業用) | 2〜5万円 |
| 虫よけ装置・蚊帳 | 1〜3万円 |
季節対策の費用
| 対策 | 初期費用 | ランニングコスト |
|---|---|---|
| ミストファン(夏) | 3〜8万円 | 電気代 月2,000〜3,000円 |
| 大型扇風機(夏) | 1〜3万円 | 電気代 月1,000〜2,000円 |
| ガスストーブ(冬) | 3〜10万円/台 | ガス代 月5,000〜8,000円/台 |
| ブランケット(冬) | 0.2〜0.3万円/枚 | クリーニング代 |
| ビニールカーテン(防風) | 3〜10万円 | ほぼなし |
夏の暑さ対策:5〜15万円、冬の寒さ対策:5〜15万円/台。
トータルで考えると、「ちゃんとしたテラス」を作るには 50〜100万円 くらいかかる。
何席で元が取れるのか──損益分岐の計算
「50万円かけてテラスを作って、いつ回収できるのか?」
これがオーナーが一番知りたいことだろう。
前提条件
- テラス席:4席(2人テーブル×2台)
- 初期投資:50万円(設備一式)
- 客単価:1,200円
- 原価率:30%(粗利840円/人)
- テラス席の稼働率:4月〜10月は60%、11月〜3月は25%
月間の追加粗利
ハイシーズン(4月〜10月の7ヶ月)
| 項目 | 計算 |
|---|---|
| 1日の利用人数 | 4席 × 60% × 昼1回転+夜1回転 = 4.8人 |
| 1日の追加粗利 | 4.8人 × 840円 = 4,032円 |
| 月の追加粗利(25営業日) | 100,800円 |
| 7ヶ月合計 | 705,600円 |
オフシーズン(11月〜3月の5ヶ月)
| 項目 | 計算 |
|---|---|
| 1日の利用人数 | 4席 × 25% × 1.5回転 = 1.5人 |
| 1日の追加粗利 | 1.5人 × 840円 = 1,260円 |
| 月の追加粗利 | 31,500円 |
| 5ヶ月合計 | 157,500円 |
| うち冬季の暖房ランニングコスト(3ヶ月×8,000円) | −24,000円 |
年間の試算
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| ハイシーズン粗利 | 705,600円 |
| オフシーズン粗利 | 157,500円 |
| 暖房ランニングコスト | −24,000円 |
| 夏季ランニングコスト(ミスト等 4ヶ月) | −12,000円 |
| 年間の維持費(清掃用品・備品交換等) | −30,000円 |
| 年間追加利益 | 約797,000円 |
投資回収:約8ヶ月。
ただし、これは「テラス席が回る立地」の話だ。
テラス席が「回る店」と「回らない店」の違い
テラス席が向いている店
- 通り沿いのカフェ・ビストロ──歩行者の目に入るから集客効果が高い
- ペットOK・子連れ歓迎の店──テラスなら声や動きを気にしなくていい
- ドリンク・軽食メインの店──テラス席は滞在時間が短い傾向がある
テラス席が厳しい店
- 路地裏・2階以上──歩行者から見えないテラスは存在しないのと同じ
- 客単価が高い店──テラス席で5,000円のコースは落ち着かない
- 夏が極端に暑い/冬が極端に寒い地域──稼働できる月が限られすぎる
「先にテラス席だけ出してみる」が危ない理由
届出なしでテーブルと椅子を出す店がある。これは 保健所から指導が入るリスク がある。最悪、営業許可の取消しにつながることもある。
「ちょっと試しに」のつもりが、「無届営業」と見なされる。保健所は近隣住民からの通報で動くことが多い。
「ほこみち制度」──道路を使うなら知っておくべき制度
コロナ禍で、国が飲食店のテラス席設置を後押しした「道路占用特例」。これは2023年3月に終了した。
その後継として使えるのが 「ほこみち制度」(歩行者利便増進道路制度)。
ほこみち制度のポイント
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | 歩行者利便増進道路制度 |
| 対象 | 自治体が指定した「ほこみち」区間の道路 |
| 占用期間 | 通常の道路占用5年 → 最長20年 |
| 占用料 | 道路の維持管理に協力すれば 国道は90%減額 |
| 条件 | 清掃、植栽の手入れなどへの協力 |
個人店でも使えるのか?
使える。ただし条件がある。
- 自分の店の前の道路が「ほこみち」に指定されていること──全国どこでも使えるわけではない
- 自治体が公募している区間に申請すること──自分から「この道路をほこみちにしてほしい」と申請するものではない
- 占用のルール(清掃、撤去の協力など)を守ること
まずは自分の店がある自治体に「ほこみち指定区間はありますか?」と問い合わせるところから始まる。
指定されていなくても、通常の道路占用許可で申請すること自体は可能。ただし占用期間は5年、占用料の減額はない。
冬場の赤字を防ぐ判断基準
テラス席で一番怖いのは、「夏に稼いだ分を冬の維持費で食いつぶすこと」。
冬場に判断すべき3つの数字
① 冬季の稼働率が30%を切ったら縮小を検討
4席のうち2席を片付けて、ストーブ1台で2席だけ回す。無理に4席維持するとガス代が利益を上回る。
② ストーブ1台のランニングコストを把握する
- ガスストーブ:ガス代 月5,000〜8,000円
- 電気ストーブ:電気代 月3,000〜5,000円
- 稼働日数を減らす(平日は片付ける、週末だけ出す)のも手
③ 「最低何人座れば赤字にならないか」を逆算する
冬季の月間維持費(ストーブ代+清掃+備品) ÷ 粗利/人 = 必要人数
例:8,000円 ÷ 840円 = 約10人/月
→ 月10人以上テラスで食事すれば赤字にならない
月10人を下回る見込みなら、冬は完全にテラスを閉じたほうが得になる。
テラス席を出すまでの5ステップ
ステップ1:場所を決める
- 自分の敷地内? 道路にはみ出す? → 許可の種類が変わる
- 通りからの見え方 → 集客効果に直結
- 近隣住民との距離 → 騒音・臭いのクレームリスク
ステップ2:保健所に事前相談
- テラスの図面(簡単なものでOK)を持って相談
- 席数、境界区画の方法、衛生管理の計画を説明
- 工事の前に行くこと。後から行くと「やり直し」になる
ステップ3:道路を使うなら道路管理者に相談
- 自治体の道路管理課に「テラス席のために道路を使いたい」と連絡
- ほこみち指定区間かどうかを確認
- 道路占用許可の申請書類を準備
ステップ4:設備を揃える
- 最初は最小限で始める──パラソル、テーブル2台、椅子4脚
- 屋外用の「耐候性」があるものを選ぶ(安い屋内用は半年で劣化する)
- 季節が進んでから暑さ対策・寒さ対策を追加しても遅くない
ステップ5:1ヶ月運用してから判断する
- テラス席の利用率を記録する(日別に「何人座ったか」をメモ)
- 追加の売上と追加のコストを比較する
- 「思ったほど使われない」なら、席数を減らすか、出す曜日を絞る
よくある失敗パターン
❶ 「屋内用の椅子」をそのまま外に出す
安い木製の椅子を外に出して、半年で脚が腐った。屋外用のアルミやポリプロピレン素材は少し高いが、耐久性が段違い。結局、安い椅子を2回買い替えるより最初から屋外用を買うほうが安い。
❷ 「届出なし」で始めてしまう
保健所に届け出ずにテラス席を出している店は珍しくない。ただ、近隣からのクレームで保健所が動くと、最悪の場合 営業停止 を食らう。「みんなやってるから大丈夫」は、通報されるまでの話だ。
❸ 冬場もストーブを2台稼働し続ける
テラス席に人がいないのにストーブだけ動いている。ガス代だけが積み上がる。「寒そうだから今日もつけておこう」──この判断を数字で切り替えられるかどうかが分かれ目。
まとめ──テラス席は「季節の武器」であって「年間の主力」ではない
テラス席の投資回収は、立地がよければ1年以内に終わる。集客力もSNS映えも間違いなくある。
ただし、年間を通じて「安定した席」ではない。
- 4月〜10月:稼ぎ時。ここで投資を回収する
- 11月〜3月:維持費との勝負。縮小の判断を数字で行う
- 許可と届出:保健所の事前相談 → 道路占用(必要なら)の順番で進める
最初は4席から。1ヶ月の数字を見てから増やす。
これが、テラス席で失敗しない個人店の鉄則だ。
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