「うちは聞かれたら答えるだけでいいよね?」
小さな飲食店のオーナーと話すと、アレルギーの話題で必ず出てくるのがこの言葉だ。
「飲食店にはアレルギー表示の義務はない」──法律上はその通り。容器包装された加工食品にだけ義務がかかっていて、レストランや食堂で出す料理は対象外だ。
でも最近、こういう相談が増えている。
「お客さんに『アレルギーありますか?』って聞かれて、ちょっと考えて『大丈夫だと思います』って答えたら、食べた後に具合が悪くなって……」
「大丈夫だと思います」が、一番怖い言葉になっている。
アレルギーを取り巻く状況が、ここ2年で急に変わった
くるみが「特定原材料」に追加された(2025年4月〜完全施行)
特定原材料というのは、「表示しなければならない」アレルギー物質のことだ。
もともとは7品目だった。2025年4月から くるみが追加されて8品目 になった。
| 特定原材料(表示義務あり・8品目) |
|---|
| えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生(ピーナッツ) |
「うちはくるみなんて使ってないから関係ない」と思うかもしれない。
でもカレーのスパイスミックスに入っていたり、ドレッシングに混ざっていたり、意外なところにくるみは潜んでいる。市販のルーやソース、仕入れ先のレトルト製品をそのまま使っている店は、自分でも気づいていないことがある。
カシューナッツも2025年度中に追加予定
さらにカシューナッツも特定原材料に追加されることが決まった。施行後2年間の猶予はあるが、 9品目時代は目の前 だ。
ピスタチオも「推奨表示」に加わる。ナッツ類のアレルギーは近年急増していて、2024年度の調査では木の実類が全食物アレルギー原因の24.6%を占めている。卵、牛乳に次ぐ第2位だ。
タイ料理やエスニック系の店はもちろん、デザートにナッツを使うカフェや、グラノーラを添えるブランチの店も他人事ではない。
「SNSで書かれる」リスクが無視できなくなった
10年前なら、店でアレルギー反応が出ても「自分の責任」で済むことが多かった。
今は違う。SNSに書かれる。口コミサイトに書かれる。「アレルギーがあると伝えたのに対応してもらえなかった」というレビューが1件つくだけで、アレルギーを持つ人だけでなく、その家族や友人まで来なくなる。
法的な義務がないからこそ、 「対応しない」という判断にもコストがかかるようになった ということだ。
「対応しない」と決めること自体は、悪いことではない
ここで大事なことを先に言っておく。
すべての飲食店がアレルギー対応をしなければいけないわけではない。
「当店では食物アレルギー対応は致しかねます」と明確に伝えることも、立派な対応のひとつだ。東京都保健医療局も、消費者庁も、この点ははっきり認めている。
問題なのは、 「対応するかどうか決めていない店」 だ。
聞かれたときに曖昧に「たぶん大丈夫です」と答えてしまう。これが一番リスクが高い。
- 「大丈夫」と言ったのに事故が起きた → 損害賠償責任を負う可能性がある
- 「わかりません」と言えばよかったのに → お客さんは「大丈夫と言われた」と記憶する
曖昧さが、リスクの正体だ。
アレルギー事故が起きたとき、何が起こるのか
法的な賠償リスク
飲食店には確認義務はない。でも 「聞かれて答えた内容が間違っていた場合」 は話が変わる。
お客さんが「小麦アレルギーなんですが、このメニューに小麦は入っていますか?」と聞いてきた。「入っていません」と答えた。でも実はソースに小麦粉が使われていた──。
この場合、飲食店側が賠償責任を負う可能性がある。
賠償金額の目安
| 事故の程度 | 想定される賠償額 |
|---|---|
| 軽度のじんましん・嘔吐 | 数万円〜数十万円 |
| 救急搬送(アナフィラキシー) | 100万円〜数百万円 |
| 重篤な後遺症 | 数百万円〜 |
個人店にとって、100万円の賠償は致命的だ。
PL保険でカバーできる
すでに記事「飲食店の保険──火災保険・PL保険・食中毒から店を守る基礎知識」で詳しく解説しているが、 PL保険(生産物賠償責任保険)はアレルギー事故もカバーする 。
| 保険の種類 | 年間保険料の目安 | アレルギー事故 |
|---|---|---|
| PL保険(単体) | 1〜3万円 | ✅ カバーされる |
| 飲食店総合保険 | 3〜10万円 | ✅ カバーされる |
年間1万円の保険で、100万円の賠償リスクをカバーできる。入っていない店は今すぐ加入を検討すべきだ。
最低限の対応にいくらかかるのか
「対応する」と決めたとして、いくらかかるのか。
結論から言うと、 最低限の対応なら、ほぼゼロ円でできる。
レベル別:アレルギー対応の費用
| レベル | やること | 費用 |
|---|---|---|
| ① 最低限 | 使用食材の一覧を手書きでキッチンに貼る。スタッフに「聞かれたら確認する、わからなければ『わかりません』と答える」ルールを共有 | 0円 |
| ② メニュー表示 | メニュー表に特定原材料8品目のアレルゲン表示を追加(Canvaなどの無料テンプレートで作成) | 印刷代のみ(数千円) |
| ③ 本格対応 | アレルギー対応メニューの開発、調理器具の分離、スタッフ研修の実施 | 5〜20万円 |
| ④ PL保険加入 | 万一の事故に備えてPL保険に加入(上記のどのレベルでも推奨) | 年間1〜3万円 |
個人店なら、まずは レベル①と④ から始めればいい。これだけで「何もしていない店」とは決定的に違う。
今日からできる4つのステップ
ステップ1:「うちの店のアレルギー方針」を決める
選択肢は3つしかない。
| 方針 | 内容 | 向いている店 |
|---|---|---|
| A. 対応しない | 「当店ではアレルギー対応は致しかねます」と明記 | ワンオペ、調理工程が複雑な店 |
| B. 情報提供のみ | 聞かれたら使用食材を正確に伝える。対応メニューは作らない | 多くの個人店 |
| C. 対応メニューあり | 特定アレルゲン不使用のメニューを用意する | カフェ、ファミリー客が多い店 |
どれを選んでも構わない。 大事なのは「決めて、伝えて、全スタッフに共有すること」 だ。
ステップ2:使用食材のアレルゲンを把握する
自分の店のメニューに、特定原材料8品目が含まれているかどうかを確認する。
確認の手順:
- 仕入れている食材・調味料のラベルをすべてチェックする
- 特定原材料8品目(えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生)が含まれているものをリスト化する
- 各メニューの使用食材と突き合わせて、「このメニューにはどのアレルゲンが含まれるか」を一覧にする
市販のソース、ドレッシング、スパイスミックスが盲点になりやすい。「自分で作っているから大丈夫」と思っていても、使っている醤油に小麦が入っている(大豆だけだと思っていた)というケースは珍しくない。
ステップ3:「聞かれたときの対応ルール」を紙に書く
スタッフ全員が迷わず対応できるように、シンプルなルールをA4の紙1枚に書いてキッチンに貼る。
【アレルギー対応ルール】
1. お客さんに「アレルギーはありますか?」と聞かれたら
→ 何のアレルギーか具体的に確認する(メモする)
2. 使用食材について聞かれたら
→ 食材一覧表で確認して、正確にわかる範囲で答える
→ わからない場合は「確認が取れないので、わかりません」と答える
→ 「たぶん大丈夫」「入ってないと思います」は絶対に言わない
3. 対応が難しい場合
→ 「申し訳ありませんが、当店ではアレルギー対応は
致しかねます。ご了承ください」と伝える
4. お客さんが食事中に体調不良になったら
→ すぐにオーナー(責任者)に報告
→ 症状がひどい場合は迷わず119番
この紙を貼るのに、お金はかからない。
ステップ4:PL保険に入る(未加入なら)
アレルギー事故は、食中毒と同じようにPL保険でカバーされる。年間1〜3万円で加入できるので、まだ入っていない店は保険代理店に相談してほしい。
すでにPL保険に入っている店も、 アレルギー事故が補償対象に含まれているか を契約内容で確認しておくこと。
「アレルゲン表示をメニューに載せたい」場合の実務
レベル②以上に進む場合の具体的な方法。
表示方法は2つある
| 方式 | 内容 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 個別表示 | 各メニューの横にアレルゲンを表示 | お客さんがすぐわかる | メニュー変更のたびに更新が必要 |
| 一覧表示 | 別紙でメニュー×アレルゲンの一覧表を作る | 管理しやすい | お客さんに渡す手間がかかる |
個人店は 一覧表示が現実的 だ。メニューが変わるたびにメニュー表全体を刷り直すのは手間とお金がかかりすぎる。A4の紙1枚に一覧表を作って、聞かれたら見せる。これなら更新も簡単だ。
一覧表のフォーマット例
| メニュー | えび | かに | くるみ | 小麦 | そば | 卵 | 乳 | 落花生 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ハンバーグ定食 | ● | ● | ● | |||||
| エビフライ定食 | ● | ● | ● | |||||
| カレーライス | ● | ● | ||||||
| ざるそば | ● | ● | ● |
注意:この表はあくまで例。自分の店の実際の使用食材で必ず作ること。
「コンタミネーション(混入)」の問題
同じフライパンでエビも肉も焼く。同じ油でエビフライもコロッケも揚げる。個人店のキッチンでは、これが当たり前だ。
この場合、「エビフライを揚げた油でコロッケを揚げているので、えびの成分が微量に混入する可能性があります」──これを コンタミネーション(混入) と言う。
一覧表に「調理工程で他のアレルゲンが混入する可能性があります」と注記しておくこと。個人店のキッチンで完全な分離調理は現実的ではないので、 「混入の可能性がある」と正直に伝えることが最善の対応 だ。
アレルギー対応メニューの原価はどう変わるのか
レベル③(アレルギー対応メニューの開発)に進む場合、原価への影響を考えておく必要がある。
代替食材は割高になりやすい
| 代替 | 通常の食材 | 代替食材 | 価格差の目安 |
|---|---|---|---|
| 小麦 → 米粉 | 薄力粉 1kg 200〜300円 | 米粉 1kg 400〜600円 | 約2倍 |
| 牛乳 → 豆乳 | 牛乳 1L 200〜250円 | 豆乳 1L 200〜300円 | ほぼ同等 |
| 卵 → 代替品 | 卵 1個 25〜35円 | 卵代替品 1回分 50〜80円 | 約2倍 |
| バター → 植物性 | バター 200g 400〜500円 | 植物性バター 200g 500〜700円 | 1.3〜1.5倍 |
原価率が2〜5ポイント上がる ことを想定しておくのが妥当だ。
「アレルギー対応メニュー=高くしていい」わけではないが……
アレルギー対応メニューの価格をどう設定するかは悩ましい。「同じ料理なのに高いのは不公平」という声もある一方で、原価が上がっているのも事実だ。
現実的な落としどころ:
- 数品だけ「もともと特定原材料を使わないメニュー」をアレルギー対応として明示する → 追加コストゼロ
- アレルギー対応メニューを「新メニュー」として出す → 新メニューなので価格設定がしやすい
- 全メニューをアレルギー対応にしようとしない → 個人店では現実的ではない
カレー屋なら「チキンカレー(小麦不使用・米粉ルー)」を1品足す。これだけで「アレルギー対応メニューがある店」になれる。
よくある失敗パターン
❶ 「たぶん入ってないと思います」と答えてしまう
一番多い。一番危険。「たぶん」は「確認していない」のと同じだ。
対処法: 確認できないなら「わかりません」と言う。それだけでリスクは激減する。
❷ メニュー表にアレルゲン表示を載せたが、更新していない
去年メニューを変えたのに、アレルゲン一覧表は前のまま。新しいメニューにくるみが入っているのに、一覧表には反映されていない。
対処法: メニュー変更時にアレルゲン一覧も必ず更新する。KitchenCostのようなアプリでレシピの食材を管理していれば、確認は数分で済む。
❸ オーナーは知っているが、アルバイトが知らない
オーナーが不在のときにアルバイトが聞かれて、適当に答えてしまう。
対処法: ルールを紙に書いてキッチンに貼る。口頭での共有だけでは忘れる。
❹ 「アレルギー対応」を売りにしすぎて、ハードルを上げてしまう
「完全アレルギー対応」を掲げると、お客さんの期待値が上がる。でも個人店のキッチンでコンタミネーションをゼロにするのはほぼ不可能だ。
対処法: 「情報提供はしますが、完全な除去は保証できません」と正直に伝える。期待値のコントロールが大事。
まとめ──「義務じゃないから何もしない」が一番高くつく
飲食店のアレルギー対応は、義務ではない。
でも 「何も決めていない」状態が、一番リスクが高い。
- くるみが特定原材料に追加(2025年4月〜完全施行)
- カシューナッツも追加予定(2025年度中)
- お客さんに聞かれて曖昧に答えた結果、事故 → 賠償責任
- SNSでの炎上リスク
やるべきことはシンプルだ。
- 方針を決める(対応する / 情報提供だけ / 対応しない、のどれか)
- 使用食材のアレルゲンを把握する(仕入れ品のラベルチェック)
- 対応ルールを紙に書いてキッチンに貼る(「たぶん大丈夫」禁止)
- PL保険に入る(年間1〜3万円)
ここまでの費用は ほぼゼロ〜3万円 。
「義務じゃないから」で目をつぶるには、リスクが大きくなりすぎている。今日やれることから、始めてほしい。
メニューごとの使用食材をKitchenCostに登録しておけば、アレルゲンの確認が簡単になります。レシピの食材を変更したとき、原価とアレルゲン情報を同時に更新できるので、一覧表の管理がぐっと楽になります。