12時間40分
これは、個人事業主が確定申告にかける 平均時間 だ。
毎年2月になると、レシートの山と格闘する。会計ソフトに数字を入力する。足りない書類を探す。「去年はどうやったっけ?」と悩む。
そして、最も多くの人がつまずくのが 「原価」 の扱いだ。
売上原価を正しく計算していますか?
確定申告で使う「売上原価」は、こう計算する。
売上原価 = 期首在庫 + 当期仕入れ ー 期末在庫
シンプルな式だが、ここで問題が起きる。
問題1:棚卸しをしていない
Yahoo!知恵袋にこんな投稿がある。
「小売業です。開業から今まで4年間、棚卸しを行わずに確定申告をしてきました」
この投稿は極端な例ではない。個人経営の小さな店では、棚卸しをしていない事業者 が少なくない。
棚卸しをしないとどうなるか。
仕入れた金額をそのまま経費に計上してしまう
↓
まだ売れていない在庫の分まで経費に入る
↓
利益が実際より少なく見える
↓
税金は少なくなるが…
↓
税務調査で指摘されると、追徴課税 + 加算税のリスク
逆のパターンもある。在庫を経費に入れ忘れて、利益が実際より多く見え、税金を 払いすぎる。
どちらにしても、正確な数字が出ていない状態だ。
個人事業主がやりがちな「原価の間違い」5つ
間違い1:仕入れ=原価だと思っている
「今月100万円仕入れた」=「原価は100万円」ではない。
仕入れた中には、まだ使っていない在庫がある。これを差し引かないと、原価が実際より大きくなる。
正しい原価 = 先月末の在庫 + 今月の仕入れ ー 今月末の在庫
在庫を把握していないと、この計算ができない。
間違い2:私的な買い物が混ざっている
飲食店オーナーがスーパーで食材を買うとき、ついでに家族の食料も買う。全部まとめて「仕入れ」に入れてしまう——これは税務上アウトだ。
事業用と私用は、必ず分ける。 レシートで分けられないなら、メモを残す。
間違い3:原価に入れるべきものを経費にしている
飲食店の場合、材料費は「売上原価」。家賃や光熱費は「経費」。この分類が曖昧な人が多い。
| 売上原価に入るもの | 経費に入るもの |
|---|---|
| 食材・飲料の仕入れ | 家賃 |
| 調味料・スパイス | 光熱費 |
| 消耗品(割り箸、紙ナプキン等)※ | 通信費 |
| テイクアウト容器 ※ | 広告費 |
| アルバイト給与 | |
| 保険料 |
(※ 業態や会計方針によって分類が変わることがある。迷ったら税理士に確認)
分類を間違えると、損益計算書の「粗利」が実態と違う数字になる。粗利が正確でないと、経営判断を間違える原因になる。
間違い4:廃棄ロスを把握していない
食材の廃棄は、原価に含まれる。仕入れた食材を捨てた場合、それは「売れなかったけどコストは発生した」ことになる。
廃棄が多い店ほど、原価率が高くなる。でも、廃棄を記録していなければ、なぜ原価率が高いのか分からない。
間違い5:歩留まりを考慮していない
仕入れた食材がすべて使えるわけではない。
例:豚ロース 1kg(1,200円)を購入
→ 筋引き、脂肪除去後の可食部:800g
→ 実質単価:1,200円 ÷ 800g = 1.5円/g
→ 表示単価:1,200円 ÷ 1,000g = 1.2円/g
差額:0.3円/g = 25%のコスト差
歩留まりを考慮せずに原価計算すると、実際の原価より 低く見積もる ことになる。
青色申告と原価の関係
個人事業主で 青色申告 をしている場合(していない人は、今すぐ切り替えを検討してほしい)、いくつかのメリットがある。
- 最大65万円の特別控除
- 赤字の3年繰越
- 家族への給与を経費にできる(専従者給与)
ただし、青色申告には 貸借対照表 の作成が必要で、ここに 棚卸資産(在庫) を正確に記載しなければならない。
つまり、青色申告の65万円控除を受けるためには、棚卸しが必須 ということだ。
年末の棚卸しだけでもいい。冷蔵庫、倉庫、ストックルームにある食材の量と金額を数える。これを記録しておく。
「製造原価報告書」は必要?
Yahoo!知恵袋でよく出る質問がこれだ。
「青色申告で製造原価の計算は必要ですか?」
結論から言うと、飲食店は基本的に不要。
製造原価報告書が必要なのは、主に 製造業(工場で製品を作る事業)だ。
飲食店の場合は、損益計算書の中で「売上原価」として処理すればよい。ただし、パン屋や菓子製造販売など、「製造して販売する」形態の場合は、税理士に確認したほうが安全だ。
日々の記録が、確定申告を楽にする
確定申告に12時間以上かかるのは、日頃の記録が足りていない からだ。
逆に、毎日5分の記録を続けていれば、確定申告の作業は大幅に楽になる。
毎日やること(5分)
- 今日の売上を記録する
- 今日の仕入れ(納品書・レシート)を整理する
毎週やること(15分)
- 週の売上と仕入れを集計する
- 原価率を確認する(仕入れ額 ÷ 売上)
毎月やること(30分)
- 月の売上原価を計算する
- FL比率を確認する
- 前月と比較する
年末にやること(2時間)
- 棚卸し(在庫の量と金額を記録)
- 年間の売上原価を確定する
- 確定申告書類の準備
日々の記録があれば、年末の棚卸しと申告書作成だけで済む。12時間が2時間に縮まる。
よくある質問
Q: 会計ソフトは何を使えばいい?
個人事業主向けでは、freee、マネーフォワード、やよいの青色申告オンライン の3つが主流。
| ソフト | 月額(税抜) | 特徴 |
|---|---|---|
| freee | 980円〜 | 初心者向け、直感的なUI |
| マネーフォワード | 900円〜 | 銀行連携が強い |
| やよい | 初年度0円 | 安心感、シンプル |
どれも確定申告には対応している。ただし、これらは 会計ソフト であって、メニューごとの原価管理に特化したツールではない点に注意が必要だ。
Q: 税理士に頼むべき?
売上が500万円を超えたら、検討する価値がある。
月額2〜5万円の顧問料はかかるが、節税効果と確定申告の時間削減を考えると、費用対効果は悪くない。
ただし、税理士は「税務」のプロであって「経営」のプロではない。日々の原価管理は、自分でやる必要がある。
まとめ
確定申告は、年に1回の作業だ。でも、そこに出てくる数字の正確さは、365日の記録 にかかっている。
棚卸しをしていない。仕入れと在庫の区別がついていない。私用の支出が混ざっている。——こういった「小さな曖昧さ」が積み重なって、申告の数字がずれていく。
まずは今月末、冷蔵庫の中身を数えることから始めてみてほしい。
それが、正確な原価計算への第一歩だ。
この記事で引用したデータの出典:国税庁「確定申告の手引き」、中小企業庁「中小企業白書」、各クラウド会計ソフト公式サイト