「うちは小さい店だから、保険なんて火災保険だけで十分だろう」
そう考えている飲食店オーナーは多い。実際、テナント契約で火災保険に入っているから「保険は入ってる」つもりでいる。
でも、飲食店のリスクは火事だけではない。
鶏肉の加熱が甘くてカンピロバクター食中毒が出た。お客さんが濡れた床で転んで骨折した。排気ダクトから隣のテナントに煙が入って営業妨害のクレームが来た。
こうした事故が起きたとき、火災保険では1円もカバーされないものが山ほどある。
食中毒の賠償で数百万円。重症化すれば1億円を超えた判例もある。個人経営の飲食店なら、一発で廃業に追い込まれる金額だ。
この記事では、飲食店に本当に必要な保険を「補償内容」と「費用」の両面から整理する。
先に結論
- 火災保険だけでは「食中毒」「お客様のケガ」「休業損失」はカバーできない
- PL保険(生産物賠償責任保険)は年2〜5万円で加入できる。飲食店なら必須
- 施設賠償責任保険で、店内での事故(転倒・やけど)に備える
- 食中毒で営業停止になったときの固定費は「店舗休業保険」で補填する
- 店舗総合保険ならパッケージで月4,000〜8,000円程度。個別加入より割安
飲食店に必要な4つの保険
全体マップ
| 保険の種類 | 何をカバーするか | 費用の目安(年額) |
|---|---|---|
| 火災保険 | 火災・水害・落雷による建物・設備の損害 | 3〜15万円 |
| PL保険(生産物賠償責任) | 食中毒・異物混入による賠償 | 2〜5万円 |
| 施設賠償責任保険 | 店内での事故(転倒・やけど等)の賠償 | 1〜3万円 |
| 店舗休業保険 | 営業停止中の固定費(家賃・人件費等) | 2〜5万円 |
4つ全部入っても年間10〜25万円程度。 月額にすると8,000〜2万円ちょっと。
「高い」と感じるかもしれないが、食中毒1件で数百万円の賠償を自腹で払うことを考えたら、「保険料は安いほうのリスク」だ。
① 火災保険──テナント契約でほぼ必須、でもそれだけでは不十分
テナントを借りるとき、大家さんから「火災保険に入ってください」と言われるケースがほとんど。これは「借家人賠償」のためで、自分が火事を起こしたときに建物の修繕費用を大家さんに賠償するためのものだ。
火災保険でカバーされるもの
- 火災・爆発・落雷による建物・設備の損害
- 風災・雪災・水災(プランによる)
- 盗難
- 建物ガラスの破損
火災保険でカバーされないもの
- 食中毒の賠償金 → PL保険が必要
- お客様が店内でケガした場合の賠償 → 施設賠償責任保険が必要
- 営業停止中の家賃・人件費 → 店舗休業保険が必要
費用の目安
| 店舗の広さ | 年額の目安 | 月額換算 |
|---|---|---|
| 10坪以下 | 3〜8万円 | 2,500〜6,700円 |
| 10〜20坪 | 5〜12万円 | 4,200〜1万円 |
| 20坪以上 | 8〜15万円 | 6,700〜1.3万円 |
(所在地、建物構造、補償内容によって変動。2025年時点の一般的な相場)
飲食店は「厨房で火を使う業種」に分類されるため、火災保険料はオフィスや小売店より高くなる。鉄筋コンクリート造より木造のほうが高い。
② PL保険(生産物賠償責任保険)──食中毒に備える最重要保険
飲食店をやるなら、PL保険は火災保険と同じくらい「必須」だ。
PL保険は、「自分が作って提供した食品が原因で、お客さんに健康被害が出た場合の賠償責任」をカバーする保険。
対象となる事故の例
- 食中毒: ノロウイルス、カンピロバクター、サルモネラ、腸管出血性大腸菌(O157)など
- 異物混入: ガラス片、金属片、虫、毛髪(ケガを伴う場合)
- アレルギー事故: 表示義務のあるアレルゲンの告知漏れ
賠償金の実例
| 事故の内容 | 賠償額 | 備考 |
|---|---|---|
| カンピロバクター食中毒 → ギランバレー症候群 | 1億円超 | 重度の後遺障害が認められた |
| 集団食中毒(30名規模) | 300〜500万円 | 治療費+休業補償+慰謝料 |
| 個人客1名の食中毒(入院7日) | 50〜150万円 | 入院+通院+休業損害 |
| 異物混入によるケガ | 30〜100万円 | 歯の治療費を含む |
「うちは衛生管理をちゃんとやってるから大丈夫」──それでも事故は起きる。 仕入れ先の食材に問題があった、スタッフが手順を飛ばした、冷蔵庫の温度が上がっていた。原因は100%コントロールできない。
PL保険の費用
| 年商の目安 | 年額保険料 | 支払限度額 |
|---|---|---|
| 〜1,000万円 | 2〜3万円 | 5,000万円 |
| 1,000〜3,000万円 | 3〜4万円 | 5,000万〜1億円 |
| 3,000万〜5,000万円 | 4〜5万円 | 1億円 |
月額にすると2,000〜4,000円。飲食店の保険のなかで、最も費用対効果が高い。
日本食品衛生協会の「食品営業賠償共済」
各都道府県の食品衛生協会に加入している場合、「食品営業賠償共済」に入れる。PL保険と同様の補償内容で、年間の掛金は数千円〜と割安。食品衛生協会の会費(年5,000〜1万円程度)と合わせても、民間のPL保険より安いケースが多い。
保健所に営業許可を取りに行ったとき、食品衛生協会への加入を案内されることが多い。加入していれば、この共済を検討する価値はある。
③ 施設賠償責任保険──「店内での事故」に備える
「食中毒」は食品を提供したあとの事故。「施設賠償」は食品に関係なく、店舗の施設や営業活動が原因で起きた事故をカバーする。
対象となる事故の例
- お客さんが濡れた床で転倒して骨折した
- 配膳中にスタッフが熱いスープをこぼしてお客さんにやけどを負わせた
- 看板が落ちて通行人にケガをさせた
- 隣のテナントに水漏れを起こして損害を与えた
費用の目安
年額1〜3万円程度。火災保険の「特約」として付帯できるケースも多い。
PL保険と施設賠償責任保険は別物。 PL保険は「提供した製品(食品)」が原因の事故、施設賠償は「施設・営業活動」が原因の事故。両方に入ることで、飲食店のリスクの大半をカバーできる。
④ 店舗休業保険──営業停止中の「固定費」を守る
食中毒を出した場合、保健所から営業停止処分を受ける。停止期間は3日〜2週間程度が一般的だが、被害の規模によってはさらに長くなる。
営業停止中も発生する固定費
| 項目 | 月額の目安 | 2週間の休業 |
|---|---|---|
| 家賃 | 25万円 | 12.5万円 |
| 人件費(正社員・パート) | 60万円 | 30万円 |
| リース料(設備等) | 5万円 | 2.5万円 |
| 水道光熱費(基本料) | 3万円 | 1.5万円 |
| 合計 | 46.5万円 |
2週間の休業で約47万円の固定費が出ていく。 売上はゼロなのに。
しかも営業再開後も「食中毒を出した店」として客足が遠のくリスクがある。回復に数ヶ月かかることも珍しくない。
費用の目安
年額2〜5万円程度。日額の補償額を設定する。日額2万円の設定なら、2週間の休業で28万円を受け取れる。
店舗総合保険──パッケージで入ると割安になる
ここまで4種類の保険を紹介したが、「4つも個別に入るのは面倒」「どの保険会社がいいかわからない」という場合は店舗総合保険を検討する。
店舗総合保険は、火災保険+賠償責任保険(PL+施設)+休業補償をパッケージにした商品。
主な保険会社の飲食業向けプラン
| 保険会社 | 商品名 | 特徴 |
|---|---|---|
| 損保ジャパン | ビジネスマスター・プラス | 飲食業向けプランあり、PL+施設賠償+休業をまとめて |
| 東京海上日動 | 超ビジネス保険 | 業種別にカスタマイズ可、飲食業の事故事例が充実 |
| あいおいニッセイ | タフビズ事業活動総合保険 | 小規模事業者向けプランあり |
費用の目安
| 店舗の規模 | 月額保険料 | 年額保険料 |
|---|---|---|
| 小規模(10坪以下) | 4,000〜6,000円 | 5〜7万円 |
| 中規模(10〜20坪) | 6,000〜1万円 | 7〜12万円 |
| やや大きめ(20坪以上) | 8,000〜1.5万円 | 10〜18万円 |
個別に4つの保険に入るよりも2〜3割安くなることが多い。保険の手続きが1社で済むので管理も楽。
保険料は経費で落とせる。 個人事業主なら「損害保険料」として全額を経費計上できる。
保険に入る前に確認すること
① 補償の重複をチェック
テナント契約で加入した火災保険に「施設賠償特約」が付いていることがある。知らずに別の施設賠償責任保険に入ると、保険料が無駄になる。加入済みの保険の証券を確認してから追加を検討する。
② 免責金額を確認
「免責金額」とは、保険金が支払われない自己負担分。免責金額が5万円なら、損害額が5万円以下のときは保険金は出ない。免責金額が低いほど保険料は高くなる。
小規模な飲食店なら、免責金額は0〜5万円に設定しておくのが一般的。
③ 支払限度額の設定
PL保険の支払限度額は、最低でも5,000万円。できれば1億円に設定したい。前述のギランバレー症候群の判例のように、重症化すると1億円を超える賠償になる可能性がある。
年商に対して支払限度額を下げれば保険料は安くなるが、「もしも」のときにカバーしきれないリスクがある。
今週やること
- 今加入している保険の証券をすべて引っ張り出して、補償内容を一覧にする
- PL保険に入っていない場合、保険代理店(または食品衛生協会)に見積もりを依頼する
- テナント契約の火災保険に「施設賠償特約」が付いているか確認する
- 食品衛生協会の「食品営業賠償共済」の内容と掛金を確認する
- 店舗総合保険のパッケージ見積もり(損保ジャパン or 東京海上)を1社は取ってみる
保険料は「守りのコスト」であり、経費で落とせる。 食中毒のリスクをゼロにすることはできないが、万が一のときに店を畳まなくて済む備えは、月数千円でできる。日々の原価管理と同じで、「見えないリスク」を数字で把握しておくことが経営を続ける基盤になる。