確定申告が終わると、次にくるのが国民健康保険の通知書です。
封を開けて金額を見たとき、「え、こんなに?」と思ったことはありませんか。
飲食店を個人で経営していると、健康保険も年金も全額自己負担。会社員のように「半分は会社が払ってくれる」はありません。所得が500万円あっても、国保だけで年間50万円前後。国民年金の保険料が約20万円。さらに所得税、住民税、個人事業税——。
気がつくと、稼いだ金額の3〜4割が手元に残らない。
しかも、退職金はゼロです。サラリーマンなら会社を辞めるときに数百万〜数千万円もらえる退職金。個人事業主にはその制度がない。65歳になったときに受け取れるのは、国民年金の月6万円台だけです。
「保険料が高すぎる」「老後が不安」——飲食店のオーナーなら、一度は感じたことがあるはずです。
でも、この状況を改善できる制度が3つあります。しかも、どれも節税しながら将来のお金を貯められる仕組みです。使っている店と使っていない店では、10年後に数百万円の差がつきます。
先に結論
- 個人経営の飲食店オーナーは国保+国民年金が全額自己負担。所得500万円なら社会保険料だけで年70万円超
- 会社員と違い、退職金ゼロ・厚生年金なし。国民年金だけでは老後の月収は約6.8万円
- 小規模企業共済(月最大7万円)に加入すれば、年間最大84万円が全額所得控除 → 所得税・住民税・国保料がまとめて下がる
- iDeCo(現在月最大6.8万円)を追加すれば、さらに年間最大81.6万円の所得控除
- この2つを併用するだけで、年間の手取りが20〜30万円増えるケースも珍しくない
- 「知らなかった」で損をしている個人事業主が非常に多い。制度を知って、使うだけ
サラリーマンと個人事業主、同じ年収でも「手取り」が違う
まず、なぜ個人事業主の手取りが少ないのか。数字で見てみましょう。
前提:年収(所得)500万円。独身、40歳以上。東京都在住。
| 項目 | 会社員 | 個人事業主(飲食店オーナー) |
|---|---|---|
| 健康保険料 | 約25万円(半額は会社負担) | 約50〜60万円(全額自己負担) |
| 年金保険料 | 約45万円(半額は会社負担) | 約20万円(国民年金のみ) |
| 社会保険料の自己負担合計 | 約35万円 | 約70〜80万円 |
| 退職金 | あり(勤続年数に応じて) | なし |
| 将来の年金受給額(月額) | 約14万円 | 約6.8万円 |
同じ「所得500万円」でも、手取りの差は年間35〜45万円。10年で350〜450万円。これは仕入れのコストダウンや値上げでは埋められない金額です。
しかも、将来受け取れる年金は会社員の半分以下。退職金もゼロ。
この「二重のハンデ」が、個人飲食店オーナーの見えにくい経営リスクです。
飲食店オーナーが使える「3つの制度」
この手取りの差を縮める方法があります。それが、国が用意している3つの積立制度です。
どれも「掛金が全額、税金の計算から差し引かれる(所得控除)」という仕組みで、今の税金を減らしながら、将来のお金を貯められるのが特徴です。
① 小規模企業共済 ——「自分で作る退職金」
ひとことで言うと:毎月掛金を積み立てて、廃業するときや65歳以上になったときに「退職金」として受け取れる制度。国(中小機構)が運営しています。
基本情報:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 掛金 | 月1,000円〜70,000円(500円刻み) |
| 年間最大 | 84万円 |
| 税制メリット | 掛金の全額が所得控除 |
| 受取時 | 退職所得控除が使える(税金が軽い) |
| 途中解約 | 可能。ただし加入20年未満だと元本割れの可能性あり |
飲食店オーナーのシミュレーション:
所得500万円のオーナーが、毎月5万円(年60万円)を小規模企業共済に積み立てた場合。
| 項目 | 加入前 | 加入後 |
|---|---|---|
| 課税所得 | 500万円 | 440万円 |
| 所得税 | 約57万円 | 約45万円 |
| 住民税 | 約50万円 | 約44万円 |
| 年間の税金軽減額 | — | 約18万円 |
年60万円を積み立てて、そのうち18万円が税金の軽減で戻ってくる計算です。つまり、実質的な負担は年42万円。それで将来の退職金が作れるなら、使わない手はありません。
さらに、所得控除によって国民健康保険料も下がります。国保は前年の所得をベースに計算されるため、課税所得が60万円下がれば、国保料も数万円安くなるのです。
注意点:
- 加入20年未満で任意解約すると、戻ってくるお金が掛金の合計を下回る可能性があります
- 飲食店を廃業したときの受取は、加入期間にかかわらず掛金以上が戻ります
- 売上が厳しい月は掛金の減額ができます(月1,000円まで下げられる)
② iDeCo(個人型確定拠出年金)——「自分で増やす年金」
ひとことで言うと:毎月掛金を積み立てて、投資信託や定期預金で運用し、60歳以降に年金または一時金として受け取る制度。
基本情報:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 掛金(個人事業主) | 月5,000円〜68,000円 |
| 年間最大 | 81.6万円 |
| 税制メリット | 掛金の全額が所得控除 |
| 運用益 | 非課税 |
| 受取時 | 退職所得控除 or 公的年金等控除が使える |
| 途中引き出し | 原則60歳まで不可 |
小規模企業共済との大きな違いは2つあります。
メリット:運用益が非課税。投資信託で運用すれば、掛金以上に増える可能性がある。 デメリット:60歳まで引き出せない。飲食店を廃業しても、60歳になるまでお金は出てこない。
飲食店オーナーへの現実的な使い方:
小規模企業共済をすでにやっていて、さらに余裕がある場合に追加で始めるのがおすすめです。
たとえば、小規模企業共済に月5万円、iDeCoに月2万円の計7万円を積み立てると:
- 年間の所得控除:60万円(共済)+ 24万円(iDeCo)= 84万円
- 所得500万円 → 課税所得416万円
- 年間の税金軽減:約25万円(所得税+住民税)
さらに国保料の軽減を合わせると、年間で約30万円の手取り増になるケースもあります。
2026年の制度変更に注意:
2026年1月1日から、iDeCoの一時金と退職金の「5年ルール」が「10年ルール」に変更されました。
かんたんに言うと、iDeCoを一時金で受け取った後、10年以内に別の退職金を受け取ると、税金の控除が減る可能性があるということです。飲食店の個人事業主の場合、会社からの退職金がないケースがほとんどなので影響は小さいですが、将来法人化を検討している方は覚えておいてください。
③ 経営セーフティ共済 ——「経費になる積立」
ひとことで言うと:取引先の倒産に備える共済制度ですが、掛金が**全額経費(損金)**になるため、節税目的で加入する事業主が多い制度です。中小機構が運営。
基本情報:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 掛金 | 月5,000円〜200,000円(5,000円刻み) |
| 年間最大 | 240万円 |
| 累計上限 | 800万円(到達後は掛金不要) |
| 税制メリット | 掛金の全額が必要経費 |
| 受取 | 解約時に解約手当金として一括受取 |
| 解約手当金 | 加入40ヶ月以上で掛金の**100%**が戻る |
①の小規模企業共済は「所得控除」ですが、③の経営セーフティ共済は「経費(必要経費)」。税務上の扱いが違いますが、結果として課税所得を下げる効果は同じです。
2024年10月の改正に注意:
2024年10月以降、経営セーフティ共済を解約した後2年以内に再加入した場合、再加入後の掛金は経費に算入できなくなりました。以前は「解約→すぐ再加入」で節税を繰り返す使い方がありましたが、その方法は使えなくなっています。
加入するなら、解約せずに長期で積み立てる前提で始めてください。
国保を安くする4つの方法
3つの制度に加入する前に、そもそも国保を安くする基本的な方法を確認しておきましょう。
方法①:青色申告特別控除65万円を使う
確定申告を「白色申告」でやっている飲食店オーナーは、まだ少なくありません。
青色申告に切り替えて、電子帳簿保存(またはe-Tax)で申告すると、所得から65万円が控除されます。白色申告にはこの控除がありません。
所得500万円の場合、この65万円の差で:
- 所得税が約13万円安くなる
- 住民税が約6.5万円安くなる
- 国保料も数万円安くなる
合計で年間20万円以上の差です。会計ソフト(freee / マネーフォワード)を使えば、青色申告に必要な帳簿は自動で作れます。
確定申告の詳細は確定申告・節税ガイドで解説しています。
方法②:所得控除を増やして課税所得を下げる
上で紹介した小規模企業共済とiDeCoは、国保を安くする手段でもあります。
国保料は「前年の所得」をベースに計算されます。所得控除で課税所得を下げれば、翌年の国保料が下がります。
小規模企業共済に月5万円+iDeCoに月2万円 → 年84万円の所得控除 → 課税所得が84万円下がる → 国保料が年間5〜8万円安くなる(自治体によって異なります)。
方法③:自治体の軽減・減免制度を確認する
所得が一定以下の世帯には、国保料の7割・5割・2割の軽減措置があります。
たとえば、単身世帯で前年所得が43万円以下なら7割軽減。飲食店の場合、開業初年度や赤字の年にはこの軽減に該当するケースがあります。
自分の自治体の国保窓口に聞くか、市区町村のホームページで「国保料の軽減」を検索してみてください。
方法④:法人化を検討する(目安:課税所得500万円超)
個人事業の飲食店を法人化(株式会社・合同会社の設立)すると、オーナーも社会保険(健康保険+厚生年金)に加入することになります。
法人化のメリット:
- 健康保険料の一部を法人が負担(実質的に半額)
- 厚生年金に加入できる(将来の年金が国民年金だけより大幅に増える)
- 役員報酬の設計で課税所得をコントロールしやすい
法人化のデメリット:
- 法人住民税(最低約7万円/年)がかかる
- 社会保険の手続きが増える
- 税理士費用が増えることが多い
一般的に、課税所得がおおむね500万円を超えたあたりから法人化のメリットが出始めると言われています。ただし、飲食店の場合は売上の変動が大きいので、「2〜3年連続で所得500万円超」が見えてきたら税理士に相談するのが現実的です。
ありがちな失敗3つ
失敗①:「まだ早い」と先延ばしにする
小規模企業共済もiDeCoも、早く始めるほど効果が大きい制度です。
小規模企業共済は加入期間が長いほど受取額が増え、20年以上で元本保証。iDeCoは長期運用で複利の効果が出やすい。
月1,000円からでも始められます。「余裕ができたら」と言っていると、10年経っても始められないまま——というケースが非常に多いです。
失敗②:全部に全力で積み立てて資金繰りが苦しくなる
小規模企業共済に月7万円、iDeCoに月6.8万円、経営セーフティ共済に月20万円——合計月33.8万円。これだけ積み立てれば節税効果は最大ですが、手元のキャッシュがなくなったら本末転倒です。
飲食店は仕入れや家賃の支払いが毎月あり、売上の変動も大きい。手元に最低でも月商1ヶ月分の現金を残した上で、無理のない金額を積み立てるのが鉄則です。
小規模企業共済は掛金の減額ができますし、経営セーフティ共済は「掛止め」もできます。最初は少額で始めて、利益が安定してきたら増額するのがいちばん続きやすい方法です。
失敗③:確定申告で控除を申告し忘れる
小規模企業共済やiDeCoの掛金を払っていても、確定申告で「小規模企業共済等掛金控除」の欄に記入しなければ、節税効果はゼロです。
毎年11月頃に届く「掛金払込証明書」は、確定申告まで必ず保管してください。会計ソフトを使っていれば、証明書の金額を入力する欄があります。
確定申告の準備と手順は、確定申告・節税ガイドと月末経理チェックリストで解説しています。
今週やること
- 自分の昨年の課税所得を確認する(5分)。確定申告書の控え、または会計ソフトの昨年データを見る。これが「今の立ち位置」
- 小規模企業共済のパンフレットを請求する(3分)。中小機構のサイト(kyosai-web.smrj.go.jp)から資料請求できる。または最寄りの商工会議所でもらえる
- 自分の自治体の国保料率を調べる(5分)。市区町村のホームページで「国民健康保険料 計算」と検索。いま自分がいくら払っているか、軽減措置はあるか確認する
- 青色申告をしているか確認する(1分)。まだ白色申告なら、来年の申告に向けて「青色申告承認申請書」を税務署に出す(3月15日まで)
どれも今日中にできることです。特に、昨年の課税所得の確認がすべての出発点。この数字がわかれば、小規模企業共済やiDeCoに月いくら積み立てると、税金がいくら安くなるかが計算できます。
まとめ
飲食店の個人事業主は、サラリーマンに比べて「手取り」が少なくなる構造になっています。国保は全額自己負担、退職金はゼロ、将来の年金は月6万円台。
でも、この構造を知った上で対策を取れば、年間20〜30万円の手取りを取り戻せます。
- 小規模企業共済:まずはこれから。月1万円でも始める
- iDeCo:余裕があれば追加。60歳まで引き出せない点だけ注意
- 青色申告65万円控除:やっていなければ最優先
どれも「知っているかどうか」の差でしかありません。制度そのものは、ネットで調べれば申し込めるものばかりです。
10年後、「あのとき始めておけばよかった」と思わないために。まずは昨年の確定申告書を引っ張り出すところから始めてみてください。
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