朝8時、知らない番号から電話が鳴った
月曜の朝。個人経営の居酒屋のオーナーが、仕込みのために店に向かう途中だった。
知らない03番号からの着信。出てみると、こう言われた。
「○○退職代行サービスと申します。そちらで勤務されている田中さん(仮名)の件でお電話しました。田中さんは本日をもって退職されたいとのことで、今後の連絡はすべて弊社を通してお願いいたします」
田中は、3年間ホールを任せてきたベテランバイトだった。先週まで普通にシフトに入っていた。何の前触れもなかった。
「え? 昨日まで普通に働いてたのに……」
これが、いま飲食店で起きていることだ。
退職代行は「特殊なケース」ではなくなった
退職代行サービスの利用が急拡大している。
マイナビの2024年調査によると、アルバイトの退職に退職代行が使われた経験がある企業は28.5%。約4社に1社だ。
飲食業界は特に多い。理由は明確で——
- 辞めづらい空気がある(人が足りないのに自分が言い出せない)
- 店長に直接言うのが怖い(怒られる、引き留められる)
- シフトが埋まらないのが申し訳ない
こうした心理的ハードルを、退職代行サービスが取り除いてしまう。利用料は1〜5万円。バイトでもスマホから申し込めて、翌日には辞められる。
問題は、退職代行が「悪い」かどうかではない。
問題は、あなたの店が突然1人いなくなっても営業を続けられるかどうかだ。
突然の退職で何が起きるか
スタッフが1人消えたとき、個人飲食店で起きることを整理する。
即日の影響
| 項目 | 具体的な損失 |
|---|---|
| シフトの穴 | 当日〜数日間、人員不足で営業困難 |
| 他スタッフへの負担増 | 残ったメンバーのモチベーション低下、連鎖退職のリスク |
| 営業縮小 | 席数制限、ランチ or ディナーの一方を休止 |
| 売上減 | 通常の70〜80%に低下(1人不足の場合) |
1〜2週間後の影響
| 項目 | 具体的な損失 |
|---|---|
| 採用コスト発生 | 求人掲載費:1〜10万円/回 |
| 教育コスト | 新人が戦力になるまで2〜4週間 |
| オーナーの過重労働 | 体調を崩すリスク |
| 常連客への影響 | 「最近、顔ぶれが変わったね」→ 不安感 |
営業を止めないための3つの備え
備え①:「縮小営業マニュアル」を事前に作る
通常4人体制の店なら、以下の3パターンを事前に決めておく。
| 出勤人数 | 対応 |
|---|---|
| 4人(通常) | フル営業 |
| 3人(1人欠) | 席数を75%に制限、ドリンクオーダーをセルフに |
| 2人(2人欠) | ランチのみ営業、メニューを5品に絞る |
| 1人(店主のみ) | テイクアウトのみ、または臨時休業 |
大事なのは、この判断を「当日の朝」に迷わなくていいようにしておくこと。
事前に決めてあれば、朝起きて「今日2人しかいない」とわかった瞬間に、自動的にプランBが発動する。
備え②:スポットワークに事前登録する
タイミーやシェアフルなどのスポットワークアプリに、平常時から事業者登録しておく。
緊急時に「今から登録」では間に合わない。登録には1〜2週間かかるからだ。
登録さえしておけば、朝に欠員がわかった時点でスポットワーカーを募集し、数時間後にはヘルプが来る可能性がある。
備え③:「1人だけにしかできない作業」をなくす
これが一番本質的な備えだ。
あなたの店で、こんな作業はないか?
- 「レジ締めは○○さんにしかわからない」
- 「仕込みは○○さんのやり方でしか回らない」
- 「○○さんだけが常連客の名前を覚えている」
人に依存した仕組みは、その人がいなくなった瞬間に崩壊する。
対策:主要な作業の手順を、写真付きのA4用紙1枚にまとめておく。壁に貼るだけでいい。
そもそも辞められにくい店を作る
備えも大事だが、辞めたくならない環境を作るのが最善の策だ。
飲食店バイトが辞める理由トップ5
- シフトの融通が利かない(テスト期間、家族の都合に対応してもらえない)
- 人間関係が悪い(店長が怒鳴る、先輩が冷たい)
- 給与が低い(近隣の別業種の方が時給が高い)
- 休憩が取れない(忙しすぎて6時間連続で立ちっぱなし)
- 成長を感じない(ずっと同じ作業、スキルが上がらない)
個人店でもできる定着施策
① シフトの柔軟化
「週3日固定」ではなく、「希望シフト制」にする。前月末にLINEで希望を集めて、店側が調整する方式だ。
学生バイトはテスト前に週0にしたい。主婦パートは学校行事で休みたい。その融通が「辞めない理由」になる。
② まかない(食事補助)の充実
2026年4月から食事補助の非課税枠が3,500円→7,500円に拡大された。これを活用しない手はない。
1食300円のまかないを毎回提供するだけで、バイトの実質時給は30〜50円上がるのと同じ効果がある。
③ 月1回の1対1面談(5分でいい)
「最近どう?」「困ってることない?」
たった5分の会話が、退職代行からの電話を防ぐ。
なぜなら、退職代行を使う人の多くは**「直接言えない」から使う**のだ。日頃から話しやすい関係ができていれば、「辞めたい」もまず直接言ってくれる。
退職代行から連絡が来たときの対応手順
実際に退職代行から電話やメールが来た場合の対応を整理する。
やるべきこと
- 冷静に業者名と連絡先を確認する
- 退職届(委任状)の提出を依頼する(書面が必要)
- 制服や鍵など貸与品の返却方法を確認する
- 最終給与・未払い残業代の精算日を伝える
- 退職日を確認する(民法上、退職の申し出から2週間で退職成立)
やってはいけないこと
- ❌ 本人に直接電話やLINEで連絡する
- ❌ 「引き継ぎしないなら給料払わない」と言う(違法)
- ❌ 感情的になって業者を怒鳴る
- ❌ SNSに書き込む
給与は必ず払うこと。退職代行で辞めたからといって、労働した分の賃金を支払わないのは労働基準法違反だ。
今週やること
- 「縮小営業マニュアル」のパターンを3段階で紙に書き出す
- タイミーやスポットワークアプリに事前登録する(まだの場合)
- 各ポジションの作業手順を写真付きA4用紙1枚にまとめる
- スタッフ全員の最近の様子を振り返って、退職の兆候がないか確認する
- 来週、各スタッフと5分の1対1面談を設定する
退職代行は止められない。でも、突然の退職に備えることはできる。
「人に依存しない仕組み」を作ることが、人手不足時代の個人飲食店の生存戦略だ。
シフト人数が変わったときの人件費率の変動は、KitchenCostで簡単にシミュレーションできます。縮小営業パターンごとの損益をあらかじめ計算しておくと、判断が速くなります。