「うちは小さい店だから関係ない」──本当にそうだろうか
都内で焼き鳥屋を営む40代の店主は、税理士にこう言われて目が点になった。
「来年から、週44時間特例がなくなるかもしれません」
週44時間特例──。飲食店を含む接客業で従業員10人未満の事業所に認められてきた、週44時間まで働かせてOKというルール。40年以上使われてきたこのルールが、廃止される方向で動いている。
しかもそれだけじゃない。14日以上の連続勤務禁止、勤務間インターバル11時間の義務化。約40年ぶりとなる労働基準法の大改正が、小さな飲食店を直撃しようとしている。
なぜ今、40年ぶりの大改正なのか
現行法の「抜け穴」が限界に
現在の労働基準法は1947年に制定され、1987年に週40時間制が導入された。それ以来、大きな構造的改正は行われていない。
その間に何が変わったか。
| 1987年 | 2026年 |
|---|---|
| 飲食店は「体力仕事」が前提 | 人手不足で60代・70代も現場に |
| 正社員中心の雇用 | パート・アルバイト比率7割超 |
| 連続勤務は「根性」の問題 | 過労死・精神疾患が社会問題に |
| 労災認定は例外的 | 飲食業の労災発生率はワースト3 |
時代が変わった。法律も変わる。
7つの改正ポイント──飲食店に関係するのは主に3つ
全体では7つの改正項目が議論されているが、個人飲食店に直撃するのは主にこの3つだ。
| 改正項目 | 内容 | 飲食店への影響 |
|---|---|---|
| 週44時間特例の廃止 | 10人未満の接客業も週40時間に | 週4時間分の人件費増 |
| 14日連続勤務禁止 | 連続勤務は最大13日まで | 繁忙期の「休みなし」が不可に |
| 勤務間インターバル | 退勤〜翌出勤まで11時間確保 | 深夜営業+翌日ランチが困難に |
【影響①】週44時間→40時間:人件費はいくら増える?
週4時間の差は、年間でこうなる
「たった4時間じゃないか」──と思うかもしれない。でも計算してみてほしい。
前提条件:時給1,200円、週6日勤務のスタッフ
| 項目 | 現在(週44h) | 改正後(週40h) |
|---|---|---|
| 法定内労働 | 44時間 | 40時間 |
| 残業扱い | 0時間 | 4時間(25%割増) |
| 週あたり人件費 | 52,800円 | 52,800円+6,000円 |
| 年間増加額 | – | 約31万円/人 |
スタッフ2人なら年間約62万円。3人なら約93万円。
月商200万円の店で、利益率10%(月20万円)だとしたら。62万円の増加は、5ヶ月分の利益に匹敵する。
「うちは44時間なんか使ってない」という店も要注意
実は、週44時間特例を意識せずに使っている店が多い。
こんなシフトに心当たりはないだろうか。
- 月〜土の6日間、1日7.5時間勤務 → 週45時間(現在は44時間特例で残業1時間扱い → 改正後は残業5時間扱い)
- 火〜日の6日間、1日7時間+土日8時間 → 週44時間(現在はセーフ → 改正後は残業4時間扱い)
知らないうちに特例に助けられていた店ほど、ダメージが大きい。
【影響②】14連勤禁止:繁忙期のシフトが組めなくなる
現行法では最大24連勤が「合法」だった
信じがたいかもしれないが、現行法では変形労働時間制を使えば最大24日間の連続勤務が理論上可能だった。
改正後は13日が上限。14日目には必ず休まなければならない。
個人飲食店のオーナーこそ影響大
「従業員には休ませてるけど、自分は年末年始30日間休みなしだよ」
──こんなオーナーシェフは珍しくない。改正後は、使用者(オーナー)自身も13日が上限となる。
| シーン | 現行法 | 改正後 |
|---|---|---|
| 年末年始(12/20〜1/5) | 17日連続OK | 13日で1日休み必須 |
| お盆(8/1〜8/16) | 16日連続OK | 13日で1日休み必須 |
| GW前後 | 柔軟に対応 | 13日ルール適用 |
繁忙期に1日休む──それだけで売上が1日分減る。月商200万円の店なら、1日休むと約7万円の機会損失だ。
【影響③】勤務間インターバル:深夜営業の店が一番きつい
「深夜1時閉店→翌朝10時出勤」がアウトに
勤務間インターバルとは、退勤から翌日の出勤まで最低11時間(飲食業は特性に応じて9時間の最低ラインが適用される可能性)の休息を取る制度。
居酒屋の典型的なシフトで考えてみよう。
| 深夜1時 | 閉店作業完了・退勤 |
|---|---|
| 翌朝10時 | ランチ仕込み開始 |
| インターバル | 9時間 |
11時間ルールだと → 翌日正午まで出勤できない。ランチ営業は誰が仕込む?
9時間の最低ラインでも → 翌朝10時がギリギリ。仕込みの余裕はゼロだ。
現実的な問題
| パターン | 閉店 | 翌日出勤可能時間(11h) | 翌日出勤可能時間(9h) |
|---|---|---|---|
| 居酒屋(深夜営業) | 深夜1:00 | 正午12:00 | 朝10:00 |
| バー | 深夜2:00 | 午後1:00 | 朝11:00 |
| ラーメン(深夜) | 深夜0:00 | 朝11:00 | 朝9:00 |
| カフェ(早朝営業) | 夕方6:00 | 朝5:00 | 朝3:00(影響なし) |
深夜営業の店ほど、翌日の早い時間帯が使えなくなる。
個人飲食店が今から始める3つの準備
施行は早くて2027年。でも「来てから慌てる」のでは遅い。
準備①:現在のシフトを「改正基準」で採点する
まず、今のシフトが改正後にどうなるかをチェックしよう。
チェックリスト:
- スタッフの週間労働時間は40時間以内か?
- 連続勤務は13日以内に収まっているか?
- 退勤〜翌日出勤まで11時間(最低9時間)あるか?
- オーナー自身も上記を守れているか?
1つでもNGがあれば、改正後にそのまま運営できない。
準備②:人件費の増加額を具体的に計算する
「いくら増えるか分からないから不安」──不安の正体は数字にすると小さくなる。
計算式:
増加額 = 超過時間 × 時給 × 1.25(割増率) × 52週 × 対象人数
例)時給1,200円、2人のスタッフが週4時間超過の場合:
4h × 1,200円 × 1.25 × 52週 × 2人 = 624,000円/年
この数字をメニュー単価に換算してみよう。1日の来客数が50人なら、1人あたり約34円の値上げで吸収できる計算になる。
準備③:「人を増やす」以外の選択肢を検討する
人件費増への対応は「人を雇う」だけではない。
| 対策 | 内容 | コスト感 |
|---|---|---|
| 営業時間の見直し | ランチorディナーに集中 | 売上減のリスクあり |
| 仕込みの効率化 | セントラルキッチン的に半製品を活用 | 食材費微増 |
| 券売機・セルフオーダー | ホール人員を削減 | 導入費20〜50万円 |
| メニュー数の削減 | 調理工程を減らし、少人数で回す | メニュー再設計が必要 |
| 定休日の新設 | 13連勤ルール対策+原価管理の時間確保 | 売上7〜15%減の覚悟 |
特に「営業時間の見直し」は大きい。深夜営業をやめてランチ・ディナーに集中すれば、勤務間インターバルの問題も一気に解決する。
まとめ:「知らなかった」では済まされない
約40年ぶりの労働基準法改正。飲食店に特に関係するのは3つ。
- 週44時間特例の廃止 → 週4時間分の人件費増(年間30万円〜/人)
- 14日連続勤務禁止 → 繁忙期に1日は休む必要あり
- 勤務間インターバル → 深夜営業の翌日シフトに制約
施行時期はまだ確定していないが、準備は今から始められる。
今週やること:
- 自店のスタッフの週間労働時間を正確に把握する
- 連続勤務の最長記録を確認する(オーナー自身も)
- 改正後の人件費増加額をざっくり計算してみる
人件費が増えた分は、メニュー単価や営業時間の見直しで吸収できる。大事なのは、数字を見て早めに手を打つこと。
原価と人件費を正確に把握して、改正後のシミュレーションをしておきたいなら、KitchenCostのようなツールで日常的に原価管理をしておくと、いざというとき慌てずに済む。