パートさんが12月になると急にシフトを減らす
飲食店オーナーなら、毎年この光景に覚えがあるはずだ。
11月の終わり頃、パートさんがおずおずと言ってくる。
「すみません、12月はシフト減らしてもらえませんか……壁がギリギリで」
年末の忘年会シーズン、一番人が欲しいときに、一番頼りにしているパートさんが休む。
その理由が「年収の壁」。ニュースでは「壁が178万円に上がった!」と報道されたけど、現場は全然そんなに単純じゃない。
この記事では、個人飲食店のオーナーが本当に知っておくべき「壁」の仕組みと、パートさんとの上手なシフト設計を整理する。
まず結論:壁は「1つ」じゃなくて「5つ」ある
「壁が178万円に上がった」と聞いて、パートさんが178万円まで自由に働けると思っているオーナーがいる。それは間違いだ。
178万円に上がったのは 「所得税の壁」だけ。パートさんの手取りに影響する壁は、全部で5つある。
| 壁 | 年収ライン | 超えるとどうなる? | 個人飲食店に関係ある? |
|---|---|---|---|
| ①住民税 | 約110万円 | 住民税がかかり始める | △(金額は小さい) |
| ②社会保険(大企業) | 106万円 | 社会保険料を自分で負担 | ✕(従業員51人以上の企業のみ) |
| ③社会保険(中小) | 130万円 | 社会保険料を自分で負担 | ◎(個人飲食店はここ) |
| ④配偶者控除 | 123万円〜160万円 | 配偶者の税金が増える | ○(パートさんの夫の控除) |
| ⑤所得税 | 178万円 | 所得税がかかり始める | △(ここまで働く人は少ない) |
個人飲食店のパートさんにとって、最もインパクトが大きいのは③の「130万円の壁」だ。
130万円の壁を「1円」超えると何が起きるか
手取りシミュレーション
パートさんの年収が129万円から131万円に「たった2万円」増えたとき、手取りはどう変わるか。
| 年収 | 所得税 | 住民税 | 社会保険料(本人負担) | 手取り |
|---|---|---|---|---|
| 129万円 | 0円 | 約2万円 | 0円(扶養内) | 約127万円 |
| 131万円 | 0円 | 約2万円 | 約20万円 | 約109万円 |
年収が2万円増えたのに、手取りが18万円減った。
これが「壁」の正体。パートさんが「壁を超えたくない」と言う理由がわかるだろう。
いくらまで稼げば「超えた方が得」になるか
手取りが逆転しないためには、130万円の壁を超えたら 一気に年収160万〜170万円まで稼ぐ必要がある。
| 年収 | 手取り(概算) | 130万円以内と比べて |
|---|---|---|
| 130万円(壁の手前) | 約127万円 | — |
| 140万円 | 約117万円 | ▲10万円 |
| 150万円 | 約126万円 | ▲1万円 |
| 160万円 | 約133万円 | +6万円 |
| 170万円 | 約141万円 | +14万円 |
つまり、130万円〜159万円の間は 「働き損ゾーン」。この範囲でシフトを組んでも、パートさんの手取りは130万円以内のときより少ない。
飲食店オーナーの3つの選択肢
選択肢A:130万円以内でシフトを設計する
最もトラブルが少ない方法。パートさんの年収が130万円を超えないように、月の労働時間を逆算する。
| 時給 | 月の上限額 | 月の上限時間 | 週の上限時間 |
|---|---|---|---|
| 1,200円 | 108,333円 | 約90時間 | 約20.8時間 |
| 1,350円 | 108,333円 | 約80時間 | 約18.5時間 |
| 1,450円 | 108,333円 | 約75時間 | 約17.2時間 |
注意:交通費が月15万円を超える場合は年収に含まれるが、通常の通勤手当は含まない。
選択肢B:130万円を大きく超えるシフトにする
パートさんが「もっと働きたい」場合は、130万円で止めるより 160万円以上を目指す方が合理的。
| パターン | 時給 | 週の労働時間 | 月収 | 年収 | 手取り(概算) |
|---|---|---|---|---|---|
| 130万円で抑える | 1,350円 | 18.5h | 10.8万円 | 130万円 | 約127万円 |
| 中途半端に超える | 1,350円 | 24h | 14万円 | 168万円 | 約140万円 |
| しっかり超える | 1,350円 | 28h | 16.4万円 | 197万円 | 約162万円 |
選択肢Bのメリット: お店にとっても、シフトが安定して埋まる。パートさんにとっても、手取りが増える。
デメリット: お店側も社会保険料の事業主負担(年収の約15%)を払う必要がある。ただし、個人飲食店で従業員が5人以下の場合、社会保険の加入義務は「任意適用」となるケースもある。
選択肢C:人数を増やして1人あたりの時間を減らす
パートさん3人で回している店なら、4人に増やして1人あたりの労働時間を減らす。
- 全員が130万円以内で収まる
- シフトの融通が利きやすくなる
- 急な欠勤にも対応できる
デメリット: 採用コスト(1人5〜15万円)と教育コストがかかる。
2026年10月の変更:106万円の壁はどうなる?
2026年10月から、106万円の壁の 一部が撤廃される。
| 変更点 | 変更前 | 変更後(2026年10月〜) |
|---|---|---|
| 賃金要件 | 月額8.8万円以上 | 撤廃 |
| 勤務時間 | 週20時間以上 | 変更なし |
| 対象企業 | 従業員51人以上 | 変更なし |
| 個人飲食店 | 対象外 | 対象外 |
ポイント:個人飲食店(従業員50人以下)には直接の影響はない。 130万円の壁がそのまま適用される。
ただし、パートさんの配偶者が勤めている会社が従業員51人以上の場合、配偶者の扶養の条件が変わる可能性があるので、パートさんに「配偶者の会社の条件も確認してね」と伝えておくのが親切だ。
パートさんとの会話テンプレート
年収の壁は、オーナーよりパートさん本人の方が敏感に気にしている。でも、聞きにくい話でもある。
こんなふうに声をかけると、スムーズにシフト設計ができる。
「最近、年収の壁が変わったって話がニュースでよく出てますよね。もし働き方について希望があれば、気軽に教えてくださいね。扶養内で抑えたいとか、もうちょっと増やしたいとか、どちらでもシフトは調整できますので。」
ポイントは3つ。
- こちらから切り出す(パートさんからは言いにくい)
- どちらでもOKと伝える(減らすことも増やすことも否定しない)
- 具体的な金額は本人に計算してもらう(税金の詳細はパートさん側の事情による)
まとめ:壁の仕組みを知っている店は、パートさんに選ばれる
人手不足の時代、パートさんは「時給が高い店」だけでなく 「自分の事情を理解してくれる店」 を選ぶ。
- 年収の壁を理解して、130万円以内のシフトを組んでくれる
- 逆に「もっと働きたい」なら、働き損にならない年収ラインを教えてくれる
- 年末に慌てるのではなく、年初からシフト計画を立ててくれる
こういう店は、同じ時給でも人が辞めない。
今週、パートさんに一言聞いてみよう。
「今年の働き方の希望、決まっていますか?」