「やめるべきか」──誰にも聞けない問い
2025年、飲食店の倒産件数は900件。前年の894件を超えて、過去最多を更新した(帝国データバンク、2026-01-10発表)。
この数字を見て、「うちもいつか……」と思った人がいるかもしれない。
開業から1年で約30%、3年で約70%が閉店するとも言われるこの業界。やめるかどうかを考えたことがない飲食店オーナーのほうが少ないだろう。
でも、こんな問いは誰にも相談しにくい。
従業員には言えない。家族に話せば心配される。同業者に聞いても「まだやれるだろ」と言われるか、「早くやめたほうがいい」と言われるか──どちらも根拠がない。
だから、数字で判断する。
この記事では、「閉店を真剣に考えるべきタイミング」を5つの数字で整理する。感情ではなく、通帳と帳簿に聞く。
先に結論
- 赤字=閉店ではない。 本当に怖いのは「資金ショート」(支払いができなくなること)
- 5つの数字のうち1つでも当てはまったら、「まだ大丈夫」を疑う
- 判断が遅れるほど選択肢が減る。閉店にもお金がかかる(100〜500万円)
- 「やめる」だけが選択肢ではない。売却(居抜き譲渡)なら手元にお金が残る可能性がある
- 数字を見る習慣をつけることが、**最良の「保険」**になる
最初に理解すべきこと:「赤字だから潰れる」は誤解
よくある勘違いがある。
「赤字が続いたから閉店した」──これは正確ではない。
飲食店が閉店する直接の原因は、ほとんどの場合**「資金ショート」**だ。つまり、家賃・仕入れ先・人件費など、支払いができなくなることが閉店のトリガーになる。
赤字が続いていても、手元の現金に余裕があれば営業は続けられる。逆に、帳簿上は黒字でも、売掛金の回収が遅れたり、設備の一括払いが重なったりして現金が足りなくなれば、閉店になる。
つまり、見るべきは「赤字かどうか」ではなく、**「あと何ヶ月、支払いを続けられるか」**だ。
判断基準① FL比率が3ヶ月連続で65%を超えている
FL比率(フードコスト+レイバーコスト、つまり食材費+人件費の売上に対する割合)は、飲食店の「体温計」のようなものだ。
| FL比率 | 状態 |
|---|---|
| 55%以下 | 良好。利益がしっかり残る |
| 55〜60% | 標準的。業態によっては問題なし |
| 60〜65% | 要注意。家賃・光熱費を払うと利益がほぼ残らない |
| 65%以上 | 危険水域。営業するほど赤字が膨らむ可能性 |
なぜ65%が「ライン」なのか
飲食店の売上から引かれるコストを大きく分けると、こうなる。
- F(食材費):25〜35%
- L(人件費):25〜35%
- R(家賃):8〜10%
- その他(光熱費・消耗品・広告費など):10〜15%
FLだけで65%を占めると、残りは35%。そこから家賃10%、その他経費10〜15%を引くと、利益は10%以下。さらに返済や設備の修繕が入れば、利益はゼロかマイナスだ。
3ヶ月連続がポイント
1ヶ月だけ高い月はある。年末年始にアルバイトを増やした、食材が高騰した月など、一時的な要因で跳ね上がることはある。
でも3ヶ月連続で65%を超えているなら、それは一時的ではなく「構造的な問題」だ。メニューの値付け、人員配置、仕入れ先──根本から見直す必要がある。
見直しの手順:まず売上日報をつけることで現状を把握し、経費の見直しで削れるものを削る。それでもFL比率が改善しないなら、メニュー構成そのものを再設計する時期だ。
判断基準② 運転資金が月間固定費の3ヶ月分を切った
運転資金とは、「手元の現金+すぐに引き出せる預金」のこと。
日本政策金融公庫のデータによると、飲食店の運転資金の平均は282万円。そして、経営が安定するまでに半年以上かかる企業が全体の6割を占める。
「3ヶ月分」が最低ライン
開業時に推奨される運転資金は月間固定費の6ヶ月分。月の固定費(家賃+人件費+仕入れ+光熱費+返済)が100万円なら、600万円ということだ。
でも、開業からしばらく経って資金が減ってきた場合、残りが3ヶ月分を切ったら黄色信号。
なぜか。飲食店の売上はどんなに頑張っても急には増えない。改善策を打っても効果が出るまで最低2〜3ヶ月かかる。運転資金が3ヶ月分を切ったということは、改善の猶予がなくなっているということだ。
チェックの仕方
- 通帳を開く
- 今月末時点の残高を確認する
- 月間の固定費(家賃+人件費+仕入れ+光熱費+返済)を計算する
- 残高 ÷ 月間固定費 = 〇ヶ月分
この数字が3を切ったら、次の行動を起こすタイミング。閉店ではなく、「選択肢を調べ始める」タイミングだ。
判断基準③ 追加借入れなしでは翌月の支払いが回らない
「今月は仕入れ代が足りないから、カードローンで……」
「来月分の家賃、知人に借りないと……」
こうなったら、もう「経営の問題」ではなく**「借金の問題」**にすり替わっている。
飲食店コンサルタントが口を揃えて言うのは、**「金利の高い借入れに頼り始めたら、撤退を本気で検討すべき」**ということだ。
なぜ危険なのか
- 通常の事業融資(日本政策金融公庫など)の金利:年1〜3%
- カードローン・ビジネスローンの金利:年5〜18%
仮に300万円を年15%で借りると、利息だけで年45万円。月に3万7,500円が利息で消える。
すでに利益が出ていない店が、月3〜4万円の利息負担を追加して回復するのは、ほぼ不可能だ。
「恥ずかしいから」借金で延命するのが一番高くつく
閉店にはお金がかかる。原状回復だけで100〜300万円。でも、借金で延命して資金がゼロになってから閉店すると、その100〜300万円すら払えない。
閉店費用の詳細と、M&A・居抜き売却という選択肢を早めに調べておくことが、自分と家族を守ることにつながる。
判断基準④ 売上が6ヶ月連続で前年同月を下回っている
1〜2ヶ月の売上減は、天候や季節要因で説明がつく。
でも6ヶ月連続で前年同月を下回っているなら、それは外部要因ではなく、お客が離れているということだ。
よくある原因
- 周辺の人口構成が変わった。オフィス街のリモートワーク化、住宅地の高齢化など
- 競合が増えた。近くにコンビニが出来た、チェーン店が出店した
- 看板メニューが飽きられた。何年も同じメニューで、新規客を引けない
- 口コミ評価が下がっている。GoogleやSNSでネガティブな評価が溜まっている
前年比を見るためのシンプルな方法
売上日報を毎日つけていれば、月末に前年との比較ができる。
つけていない場合は、レジのデータか通帳の入金額で月別の売上推移を出す。表計算ソフトに12ヶ月分を並べるだけで、「いつから下がり始めたか」が見える。
数字が見えていれば、対策が打てる。見えていないから、対策が打てない。
判断基準⑤ 体と心が限界のサインを出している
最後の判断基準は、数字ではなく自分自身だ。
- 不眠が2週間以上続いている
- 営業中に集中できず、ミスが増えた
- お客様の顔を見るのが辛い
- 休日も店のことが頭から離れず、休めない
- お酒や薬に頼らないと眠れない
これは「根性が足りない」のではなく、体と心が「もう限界だ」と教えてくれているのだ。
飲食店は「自分が倒れたら終わり」の世界だ。特に個人店は、オーナーの体調=店の存続。体を壊してから閉店すると、回復にも時間がかかり、次のチャレンジに踏み出す気力も残らない。
体が動くうちに判断するのが、次の人生のために一番大事なこと。
「やめる」だけが選択肢じゃない
5つの判断基準に1つでも当てはまった場合、「すぐに閉店しろ」と言いたいわけではない。
やるべきことは、選択肢を知っておくことだ。
選択肢①:立て直す
FL比率が高い → メニュー構成を見直す、経費を削減する
売上が落ちている → 集客導線を見直す、損益分岐点を再計算する
選択肢②:売却する(居抜き譲渡・M&A)
閉店するにも100〜500万円かかる。でも居抜き売却なら原状回復費がゼロになり、さらに造作売買で50〜300万円の売却益が入るケースもある。
ある居酒屋オーナーは、「知識がないまま閉店していたら600万円は損していた」と振り返っている(みんなの飲食店開業)。
詳しくは「飲食店の廃業・売却・M&Aという選択肢」を参考にしてほしい。
選択肢③:計画的に閉店する
資金に余裕があるうちに計画的に閉店すれば、従業員の再就職支援もでき、取引先にも迷惑をかけにくい。手続きの全体像は「飲食店の閉店手続きチェックリスト」にまとめてある。
判断が遅れるほど、選択肢は減る。 資金がゼロになってからでは、売却も計画的な閉店もできない。「まだ大丈夫」が一番高くつく。
「開業時に撤退ラインを決めておく」という考え方
これは、これから開業する人、あるいはまだ余裕がある人に伝えたいこと。
開業する前に、「こうなったらやめる」という条件を決めておく。
たとえば──
- 「損益分岐点に1年半で到達しなかったら撤退する」
- 「運転資金が残り50万円を切ったら撤退する」
- 「FL比率65%超が半年続いたら撤退する」
これを決めておくと、渦中にいるときでも感情に流されず判断できる。株の「損切りライン」と同じ考え方だ。
投資の世界では「損切りできない人が一番損をする」と言われる。飲食店経営も同じ。「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせている時間が、一番お金と体力を消耗する。
今週やることチェックリスト
□ 今月のFL比率を計算する(食材費+人件費÷売上×100)
□ 通帳の残高を確認し、「月間固定費の何ヶ月分か」を計算する
□ 直近6ヶ月の月別売上を前年と比較する
□ 事業融資以外の借入れ(カードローンなど)の残高と金利を確認する
□ 上の4つの数字を、ノートに書き出す
数字を見るのは怖い。でも、見ないほうがもっと怖い。 状況を把握できていれば、それは「まだ選べる」ということだから。
原価と数字の管理をもっと簡単に
「FL比率を毎月出すのがめんどくさい」「そもそも原価を正確に把握できていない」──そういう声をたくさん聞いてきた。
KitchenCostは、食材と人件費を入力するだけで、レシピごとの原価率やFLコストを自動で計算できる無料アプリ。毎日5分の入力で、今の店が「大丈夫か、危ないか」が数字で見える。
数字が見えれば、判断ができる。判断ができれば、手遅れにならない。